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うぇでぃんぐろぐ

新婚夫婦のリアル。

置き手紙

今日も残業だった。

会社は繁忙期で、定時を過ぎても誰も帰ろうともしない。

毎年ある時期になると、オフィスは不夜城のごとく深夜まで灯りがともっており、わたしも漏れることなく、異様に明るい照明に照らされる一人であった。

ここ数週間は定時に帰れた試しがなく、それはわたしだけではなく同僚たちにも同じく言えることであった。

皆疲れた顔をしており、キーボードを叩く音とマウスのクリック音が、空調の音よりも大きく聞こえる。

しかし奇妙なのは、職場の雰囲気が日の高いうちと比べ遜色ない朗らかさがあることである。

時折社員同士の話し合いが聞こえるが、非常に穏やかで笑い声さえきこえる。

繁忙期ゆえの殺人的な業務量に傷つけられたもの同士、分かり合える緩やかな空気が職場を支配し始めていた。

そんな中ある程度の目処をつけ、わたしは同僚の中では比較的早く(すでに日付は変わっているが)帰宅の途につくことができた。

同僚や上司からは「お疲れ様。」と笑顔で、しかしはっきりと疲労があらわれている表情で声をかけられた。

俺より先に帰りやがって、のような陰惨なものはなく、お互いの苦労を分かち合うような表情をしていた。

この甘い緩やかな空気は、どれだけ疲労していても、嫉妬や妬みからによる攻撃性を奪っていく魔力があるように思えた。

わたしもまたその魔力に惑わされたのか、「お先に失礼します。」と笑顔で答えていた。

鍵を開け玄関扉を開けると、真っ暗で何も見えなかった。

妻はすでに寝てしまったようだ。

わたしは片付けのため、北側の部屋に入り、コートをかけ、モニター2台が鎮座しているPCデスクに向かった。

デスクの上には、小さなメモ用紙に文章とイラストが描いてある。妻が描いたものだ、わたしは即座に理解した。

というのも、帰宅が遅くなると決まって置き手紙を描いてくれるからだ。

必ずPCデスクの上にある。私が仕事から帰ってから、決まってそこで片付けをすることを、妻は知っているからだ。

書いてあることは毎回似たようなことで、今日職場であったこととか、作った料理のこととか、その日あった日常がイラスト付きで小さなメモ書きに書いてある。

今日は唐揚げを食べたことが一大事だったらしい。

ただ唐揚げのイラストが上手く描けないがため、ニワトリを抱えて喜ぶ妻のイラストが描かれている。

対照的に抱えられたニワトリは自らの運命を悟り青ざめている。

置き手紙をみるたびに、その可愛らしいイラストと、妻の純粋無垢さが滲み出ている文章が微笑ましく、ただただ幸せな気持ちにさせ、わたしの口元を緩ませるのだ。 たいてい次の日に置き手紙のことを褒めると、「かわいいでしょ〜」と自慢げに喜ぶ。

置き手紙を本棚の余ったスペースに収納し、シャワーを浴びることにした。

全く外に出ずモニターに張り付きっぱなしのわたしでも、1日経てばじっとりとした脂汗をかいている。

泡をたて頭、顔、体の順に洗う。

思った以上の皮脂を、泡立ちの悪さから感じ取ることができる。

ダイニングテーブルには、妻が作ってくれた料理が、ラップがかかった状態で置いてある。

電子レンジで温め、テレビをつけやっと夕食にありつけた。

そういえば、と思い出した。定時で帰れた日、妻は夕飯を食べながらこう言った。

「いっしょにご飯たべるの、久しぶりだね。」

妻は、わたしが遅い日、寂しさを覚えていたのだろうか。

そう思うと、可愛いイラストや、元気いっぱいの文章は、寂しさを紛らわせるためのもののように見え、わたしの緩んだ口元は一文字になっている。

じゃあどうすればいいんだ?